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石清尾八幡宮で新年を迎えます

12月31日()

 私にとって転機の年となった2006年、平成18年も終に大晦日です。
 今日は、実家で正月を迎える準備をしてから、夕方、高松に帰ってきました。
 高松の氏神様である石清尾八幡宮のカウントダウンのイベントに参加し、そこで新年を迎えます。
 新しい年が皆様にとってより良き年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

 なお、正月三ヶ日は、活動報告をお休みさせていただきます。

墓参りとブロードバンドの有難さ

12月29日(金)

 今日は、一日公式日程なしの休日です。
 午前中に高松市の自宅からバスと電車とタクシーを乗り継いで実家に帰りました。
 連日の寒波が少し弱まり、穏やかに晴れ上がった冬の空を見て、タクシーの運転手さんが「ええ正月になりそうですね」と話しかけてきたのが印象に残っています。

 夕方、近くの墓地へ墓参りに行ってきました。
 写真はそこから見た飯野山(讃岐富士)の夕景です。
 私の原風景と言って良いかも知れません。

 ところで、旧飯山町の実家に帰ってからも何不自由なくインターネットで各種情報を収集でき、全世界の人とメール交換も可能で、また、こうやって活動報告をしたため、いつもどおりに送信掲示ができるのも、ブロードバンド・ネットワークのおかげです。


 三年前に父が亡くなった後、帰省する機会が増えたため、仕事の関係の情報連絡に支障がないようにと実家のPCにもADSL(20メガタイプ)を繋いでおいたことが大いに役立っています。
 改めて言うまでもなく、高度情報通信網の整備は、地理的ハンディを根本から克服させます。ましてや、インターネットの世界は地球全体が一つのネットワークで繋がっていますので、狭い日本の中でどんな山の中で居ようが、離れ小島で居ようが全く関係ありません。
 但し、当然ながらネットワークに繋げないことには話になりません。また、豊かなコンテンツをストレスなく送受信しようと思えば、それだけの容量、回線速度を持ったより高度なネットワークが必要とされます。
 今朝の新聞に来年も押えておきたいIT関係の経済用語として「WEB2.0」、「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」、「ロングテール現象」、「ユーチューブ」が挙げられていました。
 これを見て、地域情報網の更なる高度化(ウルトラ・ブロードバンド化)は地域間競争に打ち勝つためにも是非とも必要であるとの思いを強くしたところです。

イノベートとは・・・

12月29日(金)

 今日から、年末年始の休みモード。
 会合も昼と夜の2件だけでした。

 そこで、改まって私のキャッチフレーズとして掲げている「イノベート高松−夢と誇りを持って!」について。
 ここまでの反応を総括しますと、自分で言うのも何ですが、評判は上々のようです。
 但し、直接私からご説明をしておらず、このコピーだけを目にした人からは、「イノベートって何?よう分からんわ」という反応もお聞きします。

 私はご挨拶では、
 「横文字を使って恐縮ですが、キャッチフレーズは、『ノベート高松−夢と誇りを持って!』とさせていただいています。
 イノベートは、日本語で言うと「変革する」とか「革新する」という意味ですが、単に「変える」ということではなく、「一段上の次元に引き上げる」というニュアンスを強く持った言葉です。私は、高松市を変革しながらより良い都市に、より暮らしやすい都市にしていきたいと思います。
 そして、その時に、市民の多くの皆様が夢が持てるような、また、市民の多くの皆様が共通した大きな夢を描けるような市政運営を心がけたいと思っています。
 さらに、高松の歴史や伝統文化に誇りを持ち、将来ともこの街に住んでいて良かったという誇りが持てるような街づくりをしていきたいと思います。」
と説明させていただいています。
 これで大方の方は、ご納得いただいているようです。

 でも、そのためにどんな政策を展開するのか、についてはこれからです。それを具体的にお示しすることが新年明けてからの一番の課題と考えています。

一応の仕事納めです

12月28日(木)

 今日は、12月28日。
 官公署では「御用納め」(最近では民間と同様「仕事納め」ということが多いようですが)の日です。

 午前中は、郵便局と銀行に行って各種手続きをしてから事務所に出ました。
 最近、銀行などでは、個人情報保護の徹底でしょうか、振込み詐欺の防止のためでしょうか、預金を引き出す際の限度額が小さく設定されており、本人確認も非常に厳格になっています。若干手続きが煩雑でいらいらすることもありますが、これも守るべき法益を考えると仕方がない規制強化なのでしょう。

 事務所では年末のご挨拶にということで立ち寄ってくれた人と挨拶を交わしながら雑談し、後は、ホームページの更新の準備やら名刺の整理などをして過ごしました。

 夜は、ある忘年会に出てご挨拶をしてから帰宅しました。

 写真は、今日の事務所の執務風景です。残念ながら全員そろってというわけにはいかず、所要で外に出ている人や受付でいた人は写っていません。
 こんな雰囲気で12月初めに事務所を開いてから一ヶ月どうにかこうにかやってきました。
 寄せ集めの混成部隊でまだまだ軌道に乗ったというところまで行っていませんが、とにかく一ヶ月間「ご苦労様でした」、そして「良いお年をお迎えください」と別れ、事務所を閉めました。

来年は猪突猛進で頑張ります

12月27日(水)

 今日は、ゆっくり目に事務所に出て、午前中は事務整理と日程確認。
 お昼は近くのこちらで言う「セルフ」のうどん屋で「ひやかけ大」におでんを2本と天麩羅を載せて締めて450円なり。
 讃岐うどんは、味はもちろんですが、このバライティの豊富さと安さも魅力です。私も帰郷してから、さすがに毎日とは言えませんが、3日に2日は確実にうどん漬けになっています。

 昼からは企業、団体のあいさつ回り。

 夕方に、今週はまだ行っていなかったスタッフの打ち合わせを行いました。
 年末年始(29日から3日まで)は基本的に事務所は締めておくこととし、行事等には担当を決めて、そのアテンドで私と一緒に行動することとしました。
 役割分担と連絡先を確認して今年のミーティングは終わり。
 活動を始めたばかりで忘年会というわけにはいかないだろうということで事務所独自の忘年会は当分お預け。その代わりではありませんが、今夜も他で呼ばれていた会合に出席してきました。
 ここでもまた、「来年は亥年の年男。猪突猛進で頑張りますが、出すぎのところは皆さんで制御してください。」と来年の抱負を述べさせていただきました。

後援会と講演会

12月26日(火)

 今年も残すところあと6日。本当に一年が過ぎるのはあっという間のような感じがします。
 「年月の長さは年齢に反比例する」、という法則を聞いたことがありますが、そうすると私の今年の長さは、12歳のときのほぼ四分の一。

 とにかく歳をとると一年が早いこと、早いこと。

 さて、今朝は、私の「大西ひでと後援会」の会長に就任いただく株式会社ヒューテックの平田喜一郎社長にご挨拶に伺いました。
 平田社長のモットーは「イノベーション無しには会社も社会も発展しない」ということ。私のキャッチフレーズである「イノベート高松−夢と誇りを持って!」に相通じるところがあり、政策理念等にも共感していただいているとのことで、本当に有難く、心強い思いがしています。

 その後は、企業、団体のあいさつ回り。

 午後には、1月4日に開催する予定の公務員志望者に対する新春特別講演会の打ち合わせに、行政書士の森江氏と東京アカデミーの担当者が事務所に来られました。

 若い公務員志望の学生たちをプレイ・アップしてほしいと持ち込まれた企画で、既にポスターも大学構内等に相当数張り出されているようです。反響もまあまあで正月早々にもかかわらず、結構な人数が集まりそうとのこと。

 私のこれまでの体験を中心にお話しして、少しでも公務員を志望する学生の意欲が高まり、目的意識が芽生えてくれれば、と願っています。

ゲートボールとペタンク、カラオケに同級生

12月23日(土)

 今朝は、香南町地区ゲートボールの大会に行くため、朝7時過ぎに家を出て現地に向かいました。
 現地ではゲートボール2面でそれぞれ競技が行われていて、お隣では、小さめの砲丸を投げ合って目標への近さを競うフランス生まれ(というだけでお洒落に聞こえるから不思議です。)のペタンクをしているグループもありました。
 しばらく、観戦した後、来られていた60人ほどの方にご挨拶をしました。
 お年はお聞きしませんでしたが、平均年齢は、70を裕に超えていると思われます。でも皆さんが本当に真剣そのもので、明るく楽しそうにゲームに興じられていました。


 早起きして、身体を動かし、頭も使う(しかも少し意地悪いところもあって、それも魅力とも聞きました)。ゲートボールが生まれてからずいぶんと長く高齢者のレクレーション(スポーツ)の王様として続いてきている理由がわかるような気がしました。
 また、炊き出しでうどんとそばもご馳走になりました。

 昼からは、街中であったあるカラオケの同好会の忘年会に飛び入り参加。といっても歌は遠慮してご挨拶だけで勘弁願いました。

 3時ごろに中学校時代の同級生(女性)3人が訪ねてきてくれました。うち2人とは約30年ぶりにお会いしたのですが、お互い「変わってないなあ」と旧交を温めました。同級生と話しているとすぐに20年、30年の時間が逆回転でワープします。肩の力がすっとぬけていた時間でした。

明日、明後日は活動報告をお休みさせていただきます。

女木島、男木島に行ってきました

12月22日(金)

 昨日の、徳島県境に接する旧塩江町地区から一転、今日は郷東町のマリーナペラガスからモーターボートで海に出て、女木島、男木島に渡りました。

 曇り空ながら天候もまずまずで、波も穏やか、15分ほどで女木島のモアイ像が立ち、鬼の館がある港に着きました。
 40分ほど、島内を見学しながらあいさつ回りをして、男木島に移動。
 男木島では、10人程度の島民が集まってくれていて、そこでご挨拶をしながら、ご意見、ご要望を伺いました。
 女木島、男木島とも人口は220人程度。高齢化率は60%を超えているということで、旧塩江地区にもまして過疎、少子高齢化が極端に深刻です。
 船で20分程度といっても、そこは離島。特に冬場の天候悪化時に急病人が出たときなどは大変です。

 また、女木島の小学校(中学校はもともとなし)と男木島の中学校は児童、生徒がおらず休校中とのこと。
 抜本的な解決策を、といっても難しいところですが、とにかく島民の皆さんが少しでも安心して暮らしていけるような施策を積み重ねていくことが大事だと感じました。

 昼過ぎには本土に帰ってきて、午後は来客対応と数件の会合に出席しました。

 これでほぼ、市内全域を一巡したことになります。


 前にも書きましたが、高松市も本当に広くなり、中山間地から離島まで、地域ごとに多様な課題を抱えています。
 それぞれが自らの個性、特性を大事にしながら「夢と誇り」を持ってより良い地域づくりができることを願っています。 

塩江温泉郷に行ってきました

12月21日(木)

 今朝は、開館と同時にスポーツ・ジムに行き、750メートルを泳いでリフレッシュした後、事務所に出勤です。
 こちらに帰ってからはじめてのトレーニングでしたが、一変に身体のコリとともに頭の中のもやもやもすっきり取れて、効果抜群でした。
 やはり、若いといっても50前です。定期的な運動による健康維持は大事です。
 どんなに忙しくなろうとも、これからは週一回のトレーニングは欠かさずやっていこうと決めました。

 午後からは、合併した旧町でまだあいさつ回りをしていなかった塩江町地区に向かいました。
 旧塩江町は、香川県内随一の温泉の里として有名です。
 その歴史は古く、約1300年前の奈良時代に名僧行基が発見して弘法大師によって広められたと言われています。
 今でも、山間の温泉街独特の雰囲気を持った町並みが残り、初冬の冷気に身を引き締めながらもほっとした気持ちにさせてくれる暖かさを感じました。
 そして、会う人会う人が本当に心温まる応対で迎えていただきました。
 名実ともに高松市の奥座敷となった塩江温泉郷。過疎、高齢化に悩んでいる地域ではありますが、これからの地域振興に対する意欲も十分感じました。
 お互いに努力して、合併してよかったな、展望が開けたな、と言われるようになりたいものです。

交通安全とため池

12月20日(水)

 今朝は、早起きをして、8時から鶴尾校区の交通安全キャンペーンの街頭活動に参加しました。

 香川県は、人口当たりの交通事故死亡者数が全国ワースト1位で、ここ鶴尾校区も死亡事故の多いところと伺いました。

 安全安心が行政の大きな課題となる中で、自然災害は相手が自然ですが、交通事故は、ほとんどが加害者も被害者も県民、市民であり、これほど不幸なものはないと思います。本当に絶滅することを祈りたいものですが、そのためには、このような地域ごとの地道な活動の積み重ねが大事なのだと思います。

 その後、いくつかの土地改良区へ挨拶に伺いました。その途中でため池をいくつか回ってみました。

 香川県は、昔から水の少ないところで、農業用水の多くをため池にたよっていました。その数は小さなものもすべて含めれば、一万四千六百三箇所あるのだそうです(土地改良の専門家でため池に詳しい長町博氏(大西ひでと後援会事務局長)による。よく、五万とか三万とか言われているが、「ごまんとある」と言われることからの誤解とのことです。)。この存在も住民の安心の源でもあります。それぞれの歴史を負ったため池の湖面を見ながら、先人の苦労と水の大切さ、有難さに思いを馳せました。
 写真は、平清盛が命じて築いたという平池(へいいけ)の畔にある「いわざら、こざらの乙女像」です。
 私も今日までこの話は存じませんでしたが、これほどの深い歴史、言い伝えが一つの池に残っていることに感慨を覚えました。
 夜も複数の会合があり、容積の大きな一日となりました。

ヨーガの会にお邪魔しました

12月19日(火)

 今朝は、若干早めに事務所に行って、講演の資料作りをしてから、ある会館で行われているヨーガの会の忘年会にお邪魔しました。
中高年令の女性がほとんどの20数人の集まりでしたが、さすが、ヨーガの効用か、皆さん若々しく生き生きとしていたのが印象的でした。
ご挨拶とともにうどんを一杯ご馳走になりました。

 その帰りにあいさつ回りを数件こなしてから、午後は、政策案(マニフェスト)の骨格についての打ち合わせをしました。

 夕方からも、複数の会合に出席しました。
 今日も写真を撮ろうと思いながら、シャッターチャンスを逃し、写真無しの報告です。

曜日の感覚

12月18日(月)

 こういう活動をしていると曜日の感覚がなくなります。
 今朝も日程表を見て、週明け恒例の打ち合わせがあることを確認してから月曜日だと認識しました。
 土曜、日曜の方が行事等が多くて忙しく、決まった曜日に休みが取れない所為でしょう。

 でも、休み無しで働き続けると、結局は効率が悪くなりますし、いい仕事?はできません。

 長丁場ですし、身体が資本。

 私自身もスタッフも小まめに時間を見つけて、せめて週に一日(分)はきちんと休みを取るようにしたいと思います。

 今日は、午前中は定例のスタッフ打ち合わせ。午後は来客対応とあいさつ回り。夜は会合に出た後、家で資料作りをしました。
 初めての写真無しの報告となりました。お許しを。

餅つきと冬祭り

12月17日()

 今日は朝から行事が続きました。

 10時から栗林小学校で長年行われている伝統の餅つき大会に参加。

 お母さんが子供を連れてきて、お祖父さんがもち米を蒸して、お父さんがついた餅をお祖母さんが餡を入れながら丸めて振舞っていました。

 勧められるがままに、餡餅4つうどん一杯を食べて、お腹一杯です。

 昼からは、社会福祉法人のサマリア園の冬祭り(クリスマスパーティー)にお邪魔をしてご挨拶をしました。ご近所やボランティアの人もたくさん集まってきていて、凄まじいほどの老人パワーを見せ付けられました。
 また、職員の皆さんやお手伝いをしていた人には若い方も多く、まさに老若男女の暖かい交流会となって、師走の慌しい中、ほのぼのとしたひとときを過ごすことができました。

自転車を買いました

12月16日(土)

 午前中は少し早めに出て旧国分寺町地区をあいさつ回り。
 旧国分寺町は合併前は私の出身地飯山町と同じ綾歌郡でしたので、父が長年県議会議員の選挙でお世話になっていたところです。
 それだけに私のことも良く知っている方が多く、暖かい励ましをいただきました。

 午後は事務所で来客対応と打ち合わせ。
 空いた時間にホームセンターに行き、念願の自転車を購入しました。
 高松市(旧市街地)は、ほとんど坂がなく平坦で、しかも公共施設や商業施設がコンパクトにまとまっているため、自転車利用に適した街といわれています。実際、香川県の自転車保有率は大都市圏以外では全国1位(全体で5位)ですし、高松市のレンタサイクルは国内随一の成功例とも言われているほどです。

明日から、空いた時間を見つけて、自転車であちこち行ってみたいと思います。

幟を取り付けました

12月15日(金)

 何日ぶりになるのでしょう。このところぐずついた雨模様の天気が続いていましたが、今日は朝からさわやかな青空が広がりました。
 晴れの日は誰もが行動的になるのでしょうか。朝から来客が数組あり、事務所が賑やかでした。

 午後はあいさつ回り、夜はいくつかの会合に出席してご挨拶しました。

 日中、昨日の予定を雨のため一日延期していたの取り付け作業が行われました。布地の背景を青空にしたため、丁度今日の空に溶け込んでさわやかな印象を与えていると思いますがいかがでしょうか。
 事務所の前はまだ電線地中化が行われていないため、空中の電線が視界を遮っているのが残念です。

今日は、来客対応とあいさつ回りで一日を終えました

12月14日(木)

 あいさつ回りに出かけて車で走っていて思うことは、高松市も合併して本当に広くなったなあ、ということです。
 合併前が195kuで周辺6町を合併して375kuと2倍近くになっています。
 北は四国の本土最北端である旧庵治町から南は徳島県境に接する旧塩江町まで。それに女木島(鬼ヶ島)、男木島と大島です。
 扇を開いたような半円形の香川県の中央部を細長い土器の壷のような形で殿と居座っています。


 私自身、これまでかなりの地域(校区)を回ったつもりですが、まだ、一度も足を踏み入れてない地域も結構あります。
 年内にできるだけ回りきれるといいのですが。

今日は、久々に半オフの日としました

12月13日(水)

 特に緊急の要件でもない限り、こちらから外に出かけることはなし、ということです。

 それでも、事務所は閉めておくわけにはいきません。
 私も家でいても落ち着かなかったため、11時頃に事務所に出て、来客対応と事務整理をしました。

 夜は、これもカマタマーレを介して知り合いとなった尾崎さんが手料理をふるまってくれるということで、自称世界一大きな犬がいるというお宅にお邪魔しました。

 気の置けない仲間(といっても初対面の人が3人おられたのですが、すぐ気が置けなくなるのも私の特技です。)でホームパーティーです。
 「料理屋でもやったら」、と思わず言ってしまうほどの美味しい料理を堪能し、屈託のない笑い声をあげて楽しい夜を過ごしました。

活動報告

12月12日(火)

 午前11時頃から、カマタマーレが縁となってこのWEBサイトの作成委託をしている「いずみや」の藤澤さんとごんすけさんにサイトの管理者としての利用方法、ブログの書き方等を教わりながら意見交換しました。

 
昼過ぎにあいさつ回りが一段落したところで、一昨日グランドオープンした丸亀町商店街A街区再開発ビル(高松丸亀町壱番街)に行ってみました。
 高級ブランド店を含む計19店が商業スペースに配置された、お洒落な専門店街という感じ。


 2階にできた紀伊国屋書店に立ち寄り、来年の日記帳を求めました。今度で4冊目となる「高橋の当用新日記NO1」です。
 気に入っているのは、まず、縦書きということ、それに日々のページの側にその季節にあった短歌か俳句が添えられており、脚注のところに雑学豆知識が恥ずかしそうに書かれてあること。
 たとえば、今年の12月12日(旧10月22日、きのと い、火曜、先勝、下弦)のページには、側に「雪とのみ花散る野辺に音を鳴きて我が床たどる夕ひばりかな 望月長孝」の短歌と脚下に「生命保険制度を考え出したのはハレー彗星発見者のエドモント・ハレー。1693年のことである。」とさも重要事項のようにどうでもいいトリビアが添えられています。これを毎日目にするだけでちょっと利口になって得した気分で一日を終えられるという寸法です。

午前中は事務所のスタッフで日程等の打ち合わせ

12月11日(月)

 事務局長以下私を含めて6人ですが、ここに来て何となく気心も知れ、いい雰囲気になってきました。
 「チーム・ひでと」の中核部分ですので、この人の和を大事にしたいと思っています。
 役所の仕事も同じですが、組織内における役割分担の明確化情報の共有が何よりも重要であると思っています。

 昼食は、市内某所の味とこだわりで有名なお好み焼き屋でとりました。

 これまで食べたことのない味。病み付きになろうかというくらい満足しました。
 午後は、関係者へのご挨拶と来客応対を。

 殺風景で恐縮ですが、写真は、事務所内の私の執務風景です。

今日から活動日誌を書いていきます。

12月10日(日)

基本的にその日あった出来事を写真入りで簡単なコメントととともにご報告します。
但し、今の私の日々の生活は、選挙前の政治的活動がほとんどですので、すべてをつぶさにはお伝えできない大きな制約があることをご承知ください。

さて、
今日は、午前から昼過ぎにかけて20人ぐらいの少人数から160人の忘年会会場まで、5件会合があり、ご挨拶をしてきました。

一番うれしかったのが、大人数の会場で「弱冠47歳、来年亥年の年男です。」と言ったときに

若いのがいい!

と大きな声がかかり、多くの人から拍手と「頑張れよ」という励ましをいただいたことです。
こういう反応をいただくと、本当に「思い切ってふるさとに帰ってきてよかったな」と感慨深くなります。

午後3時過ぎに時間が空いたので、栗林公園に行き、一時間ほど散歩をしてきました。

事務所のすぐ近くで、毎日前は通っていましたが、中に入るのは帰郷してからは初めてです。
曇り空の下、終わりかけて少しくすんだ感じではあるものの、紅葉がきれいでした。
掬月亭の佇まいも相変わらずの趣であり、天下の名園の貫禄はそのままでした。
少し庭園内を散歩しただけでストレス解消にもなったようで、気分が楽になるから不思議です。
ちょっと気取って名所をバックに写真を撮ってみました。

後援会事務所がオープンしました

12月5日(火)

今朝、看板を掲げ、「大西ひでと後援会事務所」が正式にオープンしました。
住所は、高松市東ハゼ町12−7
電話は、087−865−1024 です。
栗林公園の南700メートルぐらいの中央通沿い西側の8階建てのビルの一階。

キャッチフレーズは「イノベート高松−夢と誇りを持って!」

皆様、お気軽にお越しください。

 

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